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学習の仕方

2009年12月30日 22:06

ある物事の上級者が人にアドバイスする内容が、自分が実践した事とは異なるというのは結構多いと思います。
決して嘘を言っているのではなく、良かれと思ってやっている場合が大半ではないでしょうか。

上達する過程において、教科書どおりのやり方で上手くなれた人は少ないと思います。
たいていは一見ムダの多いやり方をして、試行錯誤の上にいろいろな技術を身に付けた人が多いはずで、そういう人が相手には自分と同じ苦労はさせたくないと思って、もっと効率のいい方法を教えようとするのは無理の無いことです。

また教わる側もそういった”うまい”やり方を求めている人が非常に多いと思います。
いわゆるコツやノウハウといったものを知りたがる人はたくさんいます。

教えている側とすれば、自分が苦労して見つけたノウハウを惜しげもなく教えているのだから、教えた相手は出来るようになって当然だ、と信じて疑いません。

自分がこんなに上手いやり方を教えているのに、何で出来るようにならないんだ!

自分の時はこんな効率のいいやり方は知らなかったんだぞ!
 


本当は自分の周りにもそういうアドバイスをしてくれた人がいたかもしれなくて、それをきちんと聞かなかった、気がつかなかっただけかもしれません。

それでもたとえ我流のやり方であっても、目的意識を持って自分で創意工夫したやり方で取り組むならば、物事は確実に上達していくというのは、自分の経験からも感じるところです。

一生懸命教えようとするのだけれど、結局は自分自身で学んでいく。
逆に全てを教えこもうとすると大成しない。
上手くなる人は勝手にいくらでも上手くなっていくものだと思います。

細かいテクニック的な部分を教えるときは、私なら特に気がすすみません。
その結論に至るまでには、間に相当な量のプロセスがあって、結果だけを教えても絶対に相手にはそのプロセスの部分は伝わらないだろうと思うからです。

細かい知識をあれこれ言うのは教える側の自己満足に過ぎないと思います。
相手もこれはいいことを聞いたと思うかもしれませんが、実際にはたいして役に立ちません。

人間というのは環境の産物です。
生まれつき突拍子もない思考を持っている人というのがいるはずはありません。

一見、奇抜と思える考え方でも、その考え方にいたった理由がどこかに必ずあるはずです。
人から学ぶということは、まさにその結論に至った理由を学ぶというのが肝になるかと思います。

なぜ、そのように考えるのか?

上手い人のやり方ではなく考え方を学ぶというのは、学習する人に取ってはぜひとも心に留めておきたい大切なことではないでしょうか。


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Long and Winding Road

2009年12月26日 20:54

みなさん、こんばんは

今年も残すところ、わずかとなりましたが、今年はプライベートの時間は、結局相場に関係すること以外はほとんどしませんでした。

自分が好きでやったことなので、これはこれで良かったと思います。

振り返って思うことは、もっとやれることがあった気がします。
結果はともかく内容としては、相当に反省するところが多いです。

特に思わずかっとなってやってしまう報復トレードの割合が、後半の一時期に増えました。
この報復トレードは連勝が続いたり、すごく調子がいい時期のあとにやってしまうことが多いです。

自分でもこのことには気がついていたので、後半は一日ベースでの勝ちが続いている時でも、いかにして調子の悪い時期が来たときに正しく負けるかというのをテーマにやっていました。

絶対に上手くいかない時期がやってくるはずだから、どうやってその期間の負けを最小限に抑えるかというのをずっと考えていました。

結果を言うとこれだけ注意していたにも関わらず、それを完全に防ぐことは出来ませんでした。

なぜか?自分の決意の度合いが足りなかったのか?

原因をいろいろ考えてみましたが、結局は勝っているときの内容が所詮は薄かった。

内容のない勝ちを重ねていただけだった

という結論に至りました。

この報復トレードというのはやってしまって、

今度からは絶対にやらないように気をつけるぞ!

と思うだけでは直りません。

そう思っても繰り返してしまう。
やればやるほど常習性が出てきて、発症の可能性が逆に高まってしまいます。
(現実に堅く決意したはずの数日後にまたやってしまうということがありました。)

どうしてなのか?

これは実際の人間の行動を決定するプロセスには、習慣的に行っていることが最も影響を及ぼしやすいということが関係していると思います。
表面的に頭で理解していることよりも、習慣化され体に染み込んでいることの方が優先されてしまうのです。

だから、ただ頭で考えただけでは解決にはなりません。

正しい行動を毎日毎日繰り返して、潜在意識にそれを叩き込む必要があります。
やってはいけないと注意するのではなく、やらないのが当たり前というレベルに持っていかなくてはいけません。

正しくない行動を繰り返していると、当然にそれが習慣化されます。
そこにヘタに結果がついてこようものなら最悪です。
結果が出ている時に自分を疑ってみるというのはすごく困難なことだからです。
自分のやっていることが正しいと信じてずっとそれを続けてしまうことになります。

内容のない勝ちに意味がないというのはそういうことです。
負けるべき時にしっかり負けることは大切です。

私が繰り返してきたトレードというのも、トレードプランが甘すぎた、もっとしっかりと作りこまなければいけなかったと思います。

復習も足りなさ過ぎました。
自分の行ったトレードをもっときちんと見直していれば、トレード戦略も自然とずっといいものに改良されていたはずだと思います。

というわけでこれらのことを踏まえると来年の目標ははっきりしています。

プロと同じように考え、行動する

というのが目標になります。

プロになるのが目標ではありません。
ただなりたいと思っているだけでは意味がありません。

もうすでに自分はプロだ、という意識を持って一年間行動することを来年の目標として掲げたいと思います。


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大衆の逆を行く

2009年12月20日 00:26


みなさん、こんばんは

北国育ちにも関わらず、すっかり関東地方の気候に馴染んでしまって、冬の寒さが堪えるようになったビットウィーンです。

よく北海道は家の中が暖房が効いているからいい、ということを聞きますが、あれはどうなんでしょう?
廊下などは寒いですし、東京の冬より北海道の冬のほうがいいとは私にはちょっと疑問です。

それはさておき、野川徹さんの師匠は負けているトレーダーのポジションを聞き出して、その人と逆のポジションを取るということをよくやるそうです。

この話、一見ジョークが混ざっているのかと思いきや、これは大真面目な話で、野川さんの師匠はファンダメンタルやテクニカル等の何よりもこの大衆のポジションの逆を取るというのを重視しているそうです。

トレンドの大きさは敗者の数に比例する

という言葉を聞いたことがありますが、これはトレンドの方向にはファンダメンタル的要因が大きく関わっているとしても、実際の大きな値動きというのは負けているトレーダーのポジションの投げが演出しているという意味です。

現実の相場を動かしているのは、ヘッジファンドでも勝ち組のトレーダーでもなく、敗者が相場を動かしているということになります。

野川さんの師匠といえばビッグトレンドを狙う、生粋のスーパートレンドフォロワー。
負けているトレーダーのポジションを意識しているのはある意味当然です。

負けているトレーダーでも正直に取引結果をブログに載せている人がいますが、少し前にその人のトレードを分析したことがあります。
負けている人がどういったポイントでエントリーをしているのか、ストップを置いているのか、どういう姿勢でトレードに取り組んでいるかが大変参考になるからです。

その人のことをバカにしているわけではなく、正直に負けトレードを載せている部分にはとても好感が持てます。
勝ってばかりという取引結果を載せているブログはたくさんありますが、そういうブログは信憑性が大いに疑問です。
その点負けているトレードを載せている人はさすがに嘘は書いていないだろうということで信頼できます。

そして一貫して負けている人のトレード結果というのは、本当に貴重な宝の山だと思います。
なぜならそれを分析することによって負け組みの行動を知ることができ、そこから負けないトレードの構築、そして勝てる戦略につなげることが出来るからです。

負けてばかりでどうしていいか分からないと言っている人をよく見かけますが、

何を言っているんだ。
そんなに負けるなら最高のお手本がすぐ近くにいるじゃないか。

勝っている人に聞くより、自分のトレード結果を分析したほうが、よっぽど役に立つトレード戦略のヒントがある。

それこそ勝っている人が、何よりも知りたい素晴らしいノウハウがそこには隠されているはずなのです。


相場の世界というのは生涯の成績で考えたら、99%の人は負け組みで終わるはずです。
大衆は必ず負けるのです。

大衆っていうのは決して他人のことでなくて自分自身のことです。
これはしょうがないことです。
みんな初めは大衆の一部だと思います。

人は普段、世の中や周りの人に対する愚痴を言うときは、自分が不満に思っている人達と自分を完全に切り離して考えています。
あんたが言うことか、ということを言っている人を、身近なところでもたくさん見つけることが出来るはずです。

自分も大衆の一部である

ということを認めなくてはいけません。

しょうもないのは他人だけではなく、威勢や理屈だけで現実の相場で負けている自分もそういう人間なんです。

自分は周りとは違うとか、自分には才能があるからいつか勝てるようになると思っているだけではダメなんだと思います。

己を知る

自分も周りの人と同じ。
人は特別な存在でありたいという強い欲求を持っています。
しかし自分は特別な人間ではない。

自分を変える

自分が大衆の一部であることを自覚して、そこから抜け出す道を探さなくてはいけません。
そういう意識なしで現実が好転することなどありえないことです。

今までの自分の考え方で、漫然と相場を続けても勝てるようにはならないと思います。

相場で負けるのは決してヘッジファンドのせいではない。
負け組の大衆である自分自身の思考が相場を動かし、相場で負けさせているのです。

常識や普通の思考法ではこの壁は破れないということです。
勇気を出して、向こう側に渡るには自分自身の大いなる覚悟が必要になるのです。

己を知り敵を知らば百戦危うからず


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幸福感はどこから

2009年12月13日 18:28

みなさん、こんばんは。

『ターナーの短期売買革命』にデイトレーダーの心構えとして、「最低でも週5日、ウェイトトレーニングやジョギングなどの体力作りを行わなければいけない」と書いてあるのを見て、サボりぎみだったジョギングを再開したビットウィーンです。

これからは寒さが応える季節ですが、デイトレーダーとしての技量向上のためにやらないわけにはいきません。
これもデイトレーダーの仕事のうち、デイトレは楽じゃないよ、です。
まあ、人がいいと言っているものなら、一つ試してみようという単純な発想であります。

それはさておき、人間の幸福度は人生の初期(子供時代)と晩年に高い度合いを示し、中年期に最も低い数字を示すというデータがあるということを最近知りました。
何でもU字型を描くグラフになるそうです。

子供の頃は夢や希望に満ち溢れていたものが、大人になり中年期になると現実を知り失望し、歳を取ると現実との折り合いを上手く付けられるようになるため幸福度が上がるという説明がされていました。

自分はまだ中年期ではありませんが、自分の実感とはずいぶんかけ離れたデータだなぁという印象を持ちました。
少し前の記事でも触れましたが、私は人生というのは右肩上がりでどんどん豊かに楽しくなるものだと思っています。
辛い時期があるとすればやはり子供時代だと思います。
理由は自由がないからです。

しかし子供に自由がないというのはある意味当たり前の話です。
子供は両親や周りの人に守られて育ちます。
安定が保障されているのですから自分の好き勝手なことが出来ないのは当然のような気がします。

自由には責任が伴います。
誰かに安定を保証してもらいながら、さらに好き勝手なこともしたいというのはどうにも筋が通らないと思います。

子供は両親を選べなかったり、通っている学校に馴染めなかったり、周囲の環境に左右されることが多いと思います。
自分の力ではどうしようもないことがたくさんあります。
その点、大人になれば自己責任を取るかぎり、自分の好きなことに挑戦することが出来ます。

それでも大人になっても自由ではなく安定を求める人達も多くいます。
それはそれで全然悪い選択ではありません。
一流企業に勤めて安定したサラリーマンとしての生き方を全うする。
自分で納得してそういう生き方を選択したのであれば、一つの立派な生き方です。

知り合いで新日鉄に就職したのだけれど一年で辞めてしまったという人がいました。
新日鉄といえば世界の新日鉄ですからまさに超一流企業。
勝ち組、将来は安泰、約束されたと言ってもいいと思います。
その人は飽きっぽくていい加減な人かといえば、全く正反対で超真面目な人で、すごい好青年でした。
その人曰く、

毎日毎日、遅くまで残業。仕事ばかり。こういう生活がこの先何十年も続くかと思うとどうかなと思った。

きっぱり辞めてその後は自分の好きな仕事につけたようです。
周囲の人はもちろん、「なんでそんなバカな真似をするんだ!」ということを言ったそうですが、彼の選んだ道もやはり立派な選択だと思います。
大切なのは本人が選んだ道であるかどうかという事であって、周りがとやかく言うことではありません。

ところで先日、職場の不要になった紙類を置いているところにあった用紙にこんな言葉が書いてありました。

結果を出した者にしか過程の大切さを語る資格はない

同僚の誰かが書いたものでしょう。
私自身はこれとは正反対といえる考え方をしていますが、正直これが一般社会の多数派の常識なのだろうなとは思いました。
私も以前はたしかに同じようなことを考えていましたし。
こういう考え方の人を論破したり、考え方を変えさせたりするのは難しいし意味のないことだろうと思いました。

ただこういうことを言う人の出した結果ってどれほどのものだろうか?と疑問には思います。
たまたま特定の分野で何回か上手くいっただけではないのか?
本当にそれは全部自分の頑張りや実力のおかげなのか?

人生の様々な面、全てにおいて上手くいっている、成功しているという人はまずいないと思います。
仕事は上手くいっていても家庭には問題を抱えていたり。
幸せな家族に囲まれていても自分や周囲の人の健康面に不安があったり。

いろんなことをやっていくうちで成功することもあるでしょうし、上手くいかないことだってあるでしょう。
それが人生なのですから当たりまえです。

それなのに一つの事で結果が出たから全て良し。
結果が悪かったから、プロセスには意味が無かったっていう考え方は、どこかおかしいんじゃないでしょうか?

私が人生が楽しくなってきたのは、いろいろやってみる中で失敗したり嫌な思いをすることもあるけれども、以前よりは少しは成長したよねとか、次はこれを活かしてもっと上手にやれるんじゃないかとか、プロセス自体を楽しめるようになったことが大いに関係している気がします。
失敗したって全然悪いことなんかないじゃないか。

結果が全てってねぇ・・

結果だけを見ていたら、そこからは何も生まれない、次につながらないと思うのはそんなに変わっていることなのでしょうか?


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更新をサボっている間もほぼ毎日欠かさず押してくれている方がいるみたいです。
ありがとうございます!
でも正直、プレッシャーがかかって何か書かなくてはと思ってみたり・・・し~ん。
いや、その大変感謝していますよ!これからも応援お願いします!
でもたまにはプッシュをサボってもOKですからね。


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