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確実を求めるな

2009年07月26日 19:38

相場では待つことの大切さがよく言われます。

トレンドライン、移動平均線で何度もサポートされているのを確認して、満を持してのエントリー。

自信満々、十分にチャンスを待って仕掛けたはずのエントリーが、しかし無残にもあっさりロスカット。

なぜ?自分だけ!? この前の押しは何度も上手くいっているのに!

相場に裏切られた!

こういうふうに感じてはいないでしょうか。

もしそうであるなら、

確実を求めてはいないでしょうか?

安全、確実なものを求めれば求めるほど、相場で勝つのは難しくなります。

誰もが一目見て分かるチャートパターンは、すでにエントリーの絶好の機会を逸していることがしばしばです。

そこで仕掛けるのが悪いわけではありませんが、確率は下がっていることを認識すべきです。

安全に慎重に、常識では美徳とされるこういった考え方が、相場では足を引っ張ります。

相場ではリスクこそが利益の源になります。

『リスク=悪』の考え方では、相場で勝つのは難しいと思います。

安全、確実に思える方法こそ、逆に最も危険なのです。

過去のデータで一貫して利益を出せている手法が、今後も通用する保障はどこにもありません。
反対に、これからはずっとマイナスの期待値を持った手法になってしまうかもしれません。

自分の手法は正しいのか?
今後も利益を出していけるのか?


それを誰かに保障してほしい気持ちは分かります。

けどそれは不可能です。

そういったものを求めるほど、上手くいかないときの失望は大きくなり、相場に不信感さえ抱きます。

出来ることは、プラスの期待値を持つと思われる方法を、ただやるしかありません。

そしてそれに対する結果は何事も起こりうるということを覚悟すべきです。

自分がベストだと思ったエントリーが結果ロスカットになったとしても、それで相場を恨むのは筋違いです。

確実なものなど何一つない。

皮肉ですが、そのことを理解したとき、相場で勝てるようになるのだと思います。

安全を求めるべきではありません、

リスクを恐れるな!

リスクとともに踊るのです。
 



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自己中心的な生き方

2009年07月25日 21:57

社長さんなどの書いた成功本なるものが、書店にはたくさん置いてあります。

読むとたしかになるほどと思う内容が多いです。
このとおりに実行すれば成功は出来るだろうと。

でも・・・

理屈では分かっても、なかなか実行は難しいというのが本音ではないでしょうか。
一見実践的に見えて、実はそうではないと思うことが多いです。

しかし、最近私が続けている人生が楽しくなる習慣は、誰にでもすぐに始められることだと思います。

それは

ありがとう。
感謝してます。


と声に出して言うことです。

し~ん 

ま、まあここで、「ハァ?」とドン引きしている人がほとんどだと思いますが、自分としては大真面目で信じていることなので、勇気を出して書いてみます。

これは決して心からそう思っていなくてもいいんです。

よく「ありがとう」と言うときは心を込めて言わなきゃだめ、みたいなことが言われますが、心がこもってなくても構いません。

この「ありがとう」は実は他人のために言っているのではないからです。
自分のために言っているんです。

心からそう思っていないとしても、「ありがとう、感謝してます」と口に出して言っていると、なかなか暗い気持ちになったり、ネガティブな発想が出てくるということは起こりづらくなります。

心の中で思うだけでは効果が薄いです。
声に出すのが一番だと思います。
私は口癖になって、一日100回は言っていると思います。

そうしていると本当に嫌な事や悪い事が起こらないんです。
実は起こっているのに気がついていないだけかもしれませんが、嫌な出来事がいつあったのか、ちょっと思い出せないくらいです。

周囲よりも、まずは自分が楽しく幸せに生きること、これが一番大事です。

自分に優しい人間は、周りに対しても優しいです。

自分に厳しい人間は、周りにはもっと厳しく当ってしまうと思います。

う~ん、ここまで書いてきて、実に怪しさ満点で真に受ける人も少ないかもしれませんが、多くの成功本と違って、厳しい自己規律とかは要求していないわけですから、だまされたと思って試してみてください。

別に信じてなくても構いません。

ありがとう。
感謝してます。
幸せです。
ついてます。
困ったことは起こらないんだ。


こう言うだけで人生がガラッと変わる可能性があるのですから、たいへんお得な話だと思います。

正直、自己規律とか計画とか他人への思いやりとかは、全てこの後にくるものだと思います。
というか他人への心遣いなんてのも、必要がないということに気がつくと思います。

人間に他人を変えるなんて大それたことは出来ないんです。
自分が幸せでいることで周囲もそれを感じてくれる、それで十分だと思います。


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困ったことは起こらない

2009年07月23日 20:30

お金がなくて困っている人、人間関係で悩んでいる人、健康の問題を抱えている人、そんな困っている人がみなさんの身の回りにもいるかもしれません。

そういう人を見ると、「どうしたの?何かあったの?」と声をかけたくなるかもしれません。

けど本当は人生では困ったことは起こらないんです。

お金のことで悩んでいる人は、今お金について学んでいるところなんです。
お金の大切さ、実際にお金がないという状態を経験してみないと分からないからです。

周囲の人や家族のありがたさ、いなくなってはじめて分かります。

健康もそうです。
病気になって初めて健康であることに感謝できるようになるのです。

大人や学校の先生は子供に「あれをするな。これをやっちゃダメだ。」とよく怒ります。
大人は子供のためを思って言っているつもりなのかもしれません。

けど子供はそうやって学んでいるのです。
いけないと言われることがなぜいけないのか、実際に体験して勉強しているんです。

ではどうすればいいのか?

困っている人は放っておけばいいのです。
自分のことだけ考えていればいいのです。
自分だけよければいいんです。

もちろん人に迷惑をかけても、自分だけいい思いをすればいいという意味ではありませんよ。

周りの人が困った困ったって言っていたり、暗い顔をしていたり、人の悪口を言っていたり、そういう心が暗くなることをしていても、自分だけはニコニコして楽しく生きていればいいんです。

他人の機嫌を取るんじゃなくて、自分の機嫌だけを取っていればいいんです。

なぜかって、自分の機嫌も取れない人が他人に優しく出来るはずはないからです。
機嫌が悪い。暗い。もうそれだけで人間失格です。

自分のことが嫌いだったり、卑下していたり、自分を責めて、自分に厳しいやつは他人にも厳しいんです。
だから自分に自信がない人は他人を傷つけたり攻撃するんです。

もし親が子供につらい思いをさせないように失敗をさせないように育てたら、どんな子供に育つと思いますか?

子供は学ぶ機会がありません。成長のチャンスがありません。

結果は明らかです。あまりにも明らかだと思いませんか。


困ったことは起こらないんだ。


みんなただ学んでいるんです。

そっと見守ってあげればいいんです。
余計なおせっかいやアドバイスなんて必要ないんです。
自分は自分だけの機嫌を取って、いつもニコニコして、楽しくしていればいいんです。

みんなが暗い顔をしていてもそんなの気にしないで、自分だけ明るくしていればいいんです。
そうすれば周りが変わってくるはずです。

そうやってみんなが自分のことだけをもっときちんと考えたら、世の中はきっと今よりずっと明るくて楽しくなる。

そういうふうに思います。


※齋藤一人さんに最近教えてもらった内容です。
もしかすると少し間違って解釈しているかもしれません。


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科学は宗教だ

2009年07月19日 12:52

現実の世界に比べれば、科学などはごく素朴で、他愛ないもでしかない。
それでもやはり、我々が持てる物の中で一番貴重なものなのだ。


アインシュタイン




思考は現実化する。

人の意識は作用しあう。

病気を治すのは患者の意思である。


こういったことを最近の記事で私は書いていますが、よくこういう内容に対して、

非科学的である、科学的根拠がない。

といった批判をする人がいます。

また最近、

科学って全部数式で説明のつくことではないんでしょうか?

というコメントもいただきました。

たしかにこれは一般の人の科学に対する率直な感想であると思います。

科学の世界には、

答えが分かるまで数式は書くな

とう格言があります。

みなさんの中には実験や計算を重ねてそこから何かを発見することを科学だと思っている人がいるかもしれませんが、実験や数式というのは後付けに過ぎないのです。

科学の偉大な進歩のほとんどは、人間の創造力から生まれてきました。

ダーウィンの進化論、現在でも賛否両論がありますが、ダーウィンがこの説を発表した当初はまだDNAが発見されておらず、進化論を裏付ける証拠は一切ありませんでした。
周囲から激しい批判を浴びました。

それでもダーウィンは自分の主張を曲げませんでした。
自分の考えが正しいはずだと。

アインシュタインの相対性理論もそうです。

アインシュタインの理論は実験器具などは一切使わず、思考実験と言われる、全てがアインシュタインの頭の中で組み立てられた理論でした。
当時はそれを検証するだけの技術も十分に発達していませんでした。

科学の世界では実験結果の捏造が頻繁に行われてきました。
特に昔は実験技術が稚拙なため、理論が正しくても、思ったような結果がなかなか出てくれないということが多くありました。
だから自説を絶対に正しいはずだと信じる研究者は、都合のいい実験結果だけを取り上げるということをしてきました。
これが疑いようのない科学の歴史の一面です。

相対性理論や量子論といった現代物理学は時の検証を経た現在でも、批判をする人がなかなか絶えません。
たしかに現代物理学は一般人の感覚からすれば、オカルトと取られてもしょうがないような内容です。
あまりにも私たちの日常感覚、常識からかけ離れています。

量子の位置は確率によってしか示すことは出来ない、という不確定性原理など、一般人にとっては、

物質の位置が確率によってしか決められない?
何のこっちゃ?


という感覚だと思います。

だから頑としてそれを受け入れようとしない人たちがいます。
専門知識を持った科学者の中にもいますが、むしろ一般人からの理由なき反発みたいなものをよく見かけます。

科学的でないものは信じない、というような主張や、逆に科学に対して反感、嫌悪感を抱く感情がどこから来ているかというと、それは

科学万能主義

だと思います。

けど私は現代科学や相対性理論の考え方が、本当に真理なのか正しいのか、と聞かれれば、

おそらくは間違っていると思います。

けどそれは当たり前のことだし、それでも私は量子論や相対性理論を支持します。

現時点では世界のごく一部の現象を、他のどの理論よりも正しく説明できる考え方だからです。

科学は現実世界の本当に限られた一部分を、完璧にはほど遠く、それでもこれまでの人間の全ての英知を結集して、世界を理解しようと試みた最善のものだからです。


所詮は人間が考えたものですから間違いもします。
今後も様々な訂正が加えられていくものと思います。
そしてそれが必ずしも真実に近づいているとは限りません。
正しいと思っていることが、逆に真理から遠ざかっているのかもしれません。
けどそれでいいのです。
常に向上しよう、真実に近づこうという意思を持つのが人間だからです。

こういった科学の本質を考えたときに、精神世界について考えを述べるのは、オカルトだ、おかしい、インチキだと批判をするのはいかにも的外れなことだと私は思います。

自分に他人に感謝すれば、人生が明るくなる。

これを数式で上手く説明することは難しいかもしれません。
しかし実際にそうであるならば、現実にその考えが自分や周りの人を幸せにし、世の中をより良くするならば、それは立派な考え方だと思います。

この考え方が将来科学にならないなんて誰が言い切れるのでしょうか?

科学は宗教だ。

けれどそれが科学であっても宗教であっても、オカルトであっても、それを世の中の役に立ち、正しいことのために使えるかどうかは全て人間次第です。

科学が第一ではない、常に現実世界を優先すべきです。

世の中をよりよくするものなら、オカルトでも何でも認めて構わないじゃないか、というのがオカルト科学者としての私の意見です。


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みんなダイエットしようぜ!

2009年07月18日 13:36

みなさん、元気ですかーっ!

元気があれば 何でもできる!

元気があれば あなたもダイエットができる! 


というわけで久々のジョギング&フィットネスのコーナーです。

現在私は第二次ダイエットブームの真っ最中です。

ダイエットといっても、今が身長174cmで66kgですから、全然太っているわけではないんですが、私は痩せていて体が軽く感じられるくらいの状態が好きなんです。
なので62lg位まで減量するつもりです。

それと実は私はダイエットをするのが、

好き!!

こう言うと、

エッ!あんなにつらいダイエットのどこがいいの?!

と思われる人がいるかもしれませんが、そういうあなたはずばり、まだまだダイエット初心者ですね。

本当のダイエットは楽しいんです!

私は過去にも、一ヶ月ちょっとで70kgから60kgまで減量したことがありましたが、そのときは本当に楽しかったです。

体重計に乗るごとに体重が減っていく快感!
一日に何度も体重を量ってました。

そして周りの人に

すごく痩せましたね?どうしたんですか?

と聞かれたときの、優越感!
あの感覚は忘れられないですね。

私がダイエットが辛くなくむしろ楽しいと感じる理由は、私は食事制限によるダイエットは行わず、運動による減量を試みているからだと思います。
普通に一日にアイス5個の男食いとかしたりしてますから。

運動といってもジムなどに通うと面倒だし、お金もかかるので、家の近所をジョギングしているだけです。

トレードをしているときも、よくちょくちょく抜け出してジョギングをしにいっています。
ずっとチャートを見ていると煮詰まってくるので、いい気分転換になります。
集中力も高まります。

このダイエットというのは、他の物事の上達法と共通するものが非常に多くあると思います。

ダイエットを制するものは世界を制す!

というのはさすがに言いすぎでしょうか。

たしかに初めはちょっとだけツライんです。
なぜなら初めてすぐのうちは結果が出ないからです。
一生懸命しんどい運動をしても体重がなかなか減ってくれません。
運動不足の人は少し走るだけでも結構な負担だと思います。

けど続けていくうちに体力がついてきて、運動するのが苦ではなくなってきます。
ジョギングは筋トレとはちがって、心肺機能がある程度発達してくると、走っていて苦しいということはなくなります。
TVでマラソンを見ていて終盤選手が苦しそうな表情をしているのは、呼吸が苦しいんじゃなくて、足が思うように動かないからです。
自分のペースで走る限りは別に一時間や二時間走っても呼吸は乱れません。

運動がそれなりにこなせるようになると、体質もだんだん変わってきて、体重が簡単に落ちるようになります。

運動するのが楽しい、体重も減ってうれしい、この好循環ができるともう最強です。

さらにはダイエットに成功すると、自分に自信が持てるようになります。

ふっふっふ・・・どうだ、この自分の自己規律!

その辺のメタボ親父なんか目じゃないぜ!


とにかくポイントはダイエットにネガティブな感情を持たず、楽しむことです。
楽しくないことは長続きしません。
ものすごく当たり前のことです。

それとダイエットが上手くいった後の自分、生まれ変わった自分の姿をイメージすることも大切です。

ダイエットは誰にも必ずできることですから、それは妄想なんかじゃなくて、100%実現すると考えていいと思います。

メディアがいろんなダイエット方法や商品を宣伝しているのは、いかにもうさんくさいと私は思います。
特別な方法や商品を手に入れなくたって、簡単にお金をかけず誰にでもダイエットは出来ると思いますよ。

全ての答えはあなた自身の心の中にある! 

今までの嫌な自分と脂肪を捨てて新しい人生の第一歩を踏み出しましょう!


You can do it. You can do it....
Yes, We can do it!


というわけで、ほぼ毎日江戸川沿いをジョギングしてますので、「江戸川沿いジョギングクラブ」と「お願いホノルルマラソンを誰か一緒に走って!の会」に参加ご希望の方はご一報をお待ちしています。

当方としては

独身、容姿端麗、礼儀正しく、動物好

きな若い女性を大歓迎いたします!



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お勧め書籍の紹介⑥-「変な人が書いた人生が100倍楽しく笑える話」 

2009年07月17日 20:05


「変な人が書いた人生が100倍楽しく笑える話」 
齋藤一人著




この人、いい能力があるのに、何でもっと伸びないんだろう?

もっと、この人は出世するはずなのになぁ?


って言われる人がいます。

そういうイマイチの人がいっぱいいるんです。

そういう人の特徴は何かというと、出し切っていないということです。

自分の能力を出し切っていないんです。

能力がそれほど高くない人でも一生懸命やる人は力も少しづつ付いていくし、

なぜか、いいことが連続して起きる。

ところが能力があるのにそれを出し切らない人は、なぜか不運に見舞われるんです。

そうすると、

俺は200坪耕して、あいつは50坪しか耕さないのに、何であいつにばかりいいことが起きるんだ?

それで、

世の中は不公平で、神も仏もない。

って言うんですよね。

でも神も仏もいるから、サボっていることがわかるんです。

神様がいなきゃあサボっている人がエラくなりますよね。


※本書より一部抜粋


人の長所、いいところというのは、ほとんどがその人が努力によって獲得したものというよりは、天性のものだと私は思います。

私もあなたはいい人だ、すばらしい人だというふうに人を褒めることがありますが、それは本当の意味ではその人を褒めているのではありません。

その持って生まれたすばらしい能力を、自分や周囲の人のために惜しみなく使いなさい、ということを言いたいのです。

能力を授けられた人にとっては、それはもう義務や責任と言ってもいいと思います。

そんな運命、宿命をわずらわしいと思うでしょうか?

けれど、その人が出し切っているのかどうか、天はそれを見ていると思うのです。


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ビットウィーン博士、究極理論を完成!?

2009年07月11日 08:29

ひさしぶりにやってきました!
ビットウィーン博士の科学シリーズ第4弾!

今回は統一理論を飛び越えて、究極の理論を提唱。
回を重ねるごとにどんどん内容がディープになっており、もはやその内容は科学の域を超えてオカルトの世界!?

それではいってみよう!

みなさん、こんにちは、博士です。
最近、人に引き寄せの法則というものを紹介してもらい、それに関係した「ザ・シークレット」という本を読んでみました。
本の内容は私が考えてきたことと非常によく似たことが多数書かれており、共感する部分がたくさん書いてあったのですが、その中でもとりわけ驚いた箇所がありました。

この考え方は私もだいぶ前から同じようなことを考えていました。
けれどもあまりにも突拍子もない考え方であり、周囲の理解はとても得られないとして、これまで一度も他人には話したことがありませんでした。

しかしこの本を読んで、自分と同じような思考をした人がほかにもいたという事実に、たいへん勇気付けられたので、この革新的な宇宙と知的生命体の意識に関する理論を紹介してみたいと思います。

たしか私が高校生のころだったと思いますが、私がかなりの悪事を働いたことがありました。
これは本当に悪いことなので、とても詳しくは紹介することはできませんが、その自分が行った行為がそっくりそのまま自分に跳ね返ってきたのです。
とても偶然だとは考えられない出来事でした。

そのとき私は常識では説明がつかない超自然的な力の存在を初めて意識しました。
神様が本当にいるのではないかと考えました。
神様が自分の行いを見ていて罰を与えたと思いました。

私は本来かなり性悪な人間です。
決して卑下して言っているのではありません。
おそらく自分と同じような性質を持った人間はほかにも結構いると思います。

一方で世の中には、天性のすばらしいパーソナリティを持っている人というのも少なからず存在すると思います。
これはもう本当に才能だと思います。
私のような性悪人がいくら第二の天性を磨こうが、決してかなわない壁のようなものを感じます。

そのような人をねたんでいるのでありません。
むしろ私はそういう人たちのことが大好きですし、崇拝に近いような感情さえ抱きます。

ちょっと話が逸れてきましたのでこの話題はまた機会を改めます。
本題に戻ります。

ところが私の現実の行動は本性とは全く異なったものなのです。
その理由は感情の作用、反作用の法則ともいえる報復を私は恐れるからです。

他人に怒りや憎しみの感情を向けるたびに、それがそのまま自分に返ってくるという経験を何度もしました。

これはいったいどういうことだ?
自分と他人との間には何か見えないつながりがあるのではないか?
なぜここまで作用しあうのか?


そして考えたのは、

他人は本当に他人なのか?
ひょっとして自分と他人は同じ意識を共有する存在なのではないか?
今の意識を自分だと思っているが、次の瞬間には他人の意識になりかわっているということはないだろうか?


自分は他人? 他人は自分? 
人間の・・・全ての知的生命体の意識は本当は一つ?

全ては一つ・・・・・・?!


うぉっほん。
え~とみなさんここまでついてこれているでしょうか?
どうも一抹の不安が・・・
絶対におかしなやつだと思われている気がする・・・

「ザ・シークレット」の中ではこのことを次のように紹介しています。

存在するのは常に宇宙の一つの意識


バンバン~バン ババババ~ン、バン!

ババババ~ン バン ババババ~ン!


※次回に続く。



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ニュースを考える-パチンコ店放火事件

2009年07月09日 09:24

珍しく今回は時事ネタです。たぶん初めてじゃないでしょうか?

そもそも私はテレビのニュース番組があまり好きではなく、時事ネタに疎いんです。

それがなぜ急にと思われるかもしれませんが。

け、決して新聞屋さんの三ヶ月契約でギフトカタログ三冊の闇取引に乗って、新聞の購読を再開したからではありませんよ!

もっと純粋かつ切実な動機です。
実際そうなんですが、どうもウサンくさい入りかたになってしまいました。

私が今まで読んだ小説で一番感銘を受けたのは、ドストエフスキーの「罪と罰」です。
あらすじを簡単に紹介します。
主人公はあくどい金貸しの老婆を殺害します。
警察に疑われ、やっと警察の捜査の手を逃れるのですが、罪の意識に耐えられず、結局は自首をしてしまうのです。

この罪の意識に耐えられないという部分に私はとても共感しました。
自分にも小さいとき同じような経験があったからです。
(殺人とかはもちろんしていません)

実際、犯人というのは罰せられることによって救われる、それを逆に望んでいるというケースが多いのではないかと思います。

テレビなどでは犯罪に対する意見として、

犯人の心境が全く理解できませんね。どうしてこんなことをするんでしょうか?

とコメントをする人がいますが、正直私としては犯人の心理がどことなく分かるような気がするケースが多いです。

このようなコメントをする人を非難するつもりは全くありません。
むしろ人間としてそちらのほうが正しい感じ方だと思います。
私はそういう天性の明るさを持った人に憧れるし、そういう人のことはすごく好きです。

今回のパチンコ店放火事件の犯人も、犯人を知る人は、「どうしてあんな優男が・・信じられません」というコメントをしています。

たしかに死体を切り刻んだりなど、あまりにも異常な行為をする人の心理は、私にも全く理解することができません。
気が触れているとしか考えようがない人も、一部にはいるかもしれません。

けれどほとんどのケースにおいて犯罪行為を犯した犯人は、普通の人とも紙一重だと思うんです。
少なくとも私個人においてはそうです。
私はちょっとした運命の歯車の狂いで、自分が同じような犯罪行為をしてしまう可能性があることを否定することは出来ません。

本当にお金に困ったら詐欺行為だってするかもしれません。
さらに追い詰められていれば、自己破滅願望を満たすためにもっと凶悪な犯罪行為もしてしまうかもしれません。

こういった普通の感性を持っていると思える人で、犯罪行為に走ってしまう人に共通して見られるのは、「疎外感」、「孤立感」だと思います。

誰にも理解されない、相手にもしてもらえない、となったときに人間というのは他者との比較で自己の幸福を判断するものですから、心理的に追い詰められるというのは十分に予想できることです。

いつも思います。

誰か一人でもこの人に親身になってくれる人がいたら、同じことは起こりえただろうか?

私はいじめとかはもちろん大嫌いですが、そもそも集団行動が苦手です。
集団の隅っこにいる人やその輪の外にいる人のことがすごく気になるからです。
なんだかいい子ぶっているみたいですが、これは生まれつきの性分みたいなもので、なかなか変えようにも変えられません。

私は犯人の行為をいくらかでも正当化しようという意図は全くありません。
けど正直同情はします。怒りよりも先にかわいそうだと思います。

たしかに全くの第三者目線からの意見ではあります。
実際被害にあった立場の方からすれば、犯人に死刑を求めることも至極当然なことですし、その権利もあると思います。気持ちも理解できます。

ただこういった犯罪行為を、未然に防げる可能性はなかったのだろうか(自殺もそう思います)、自分の身の回りにも同じようなケースはないだろうか、という意識は持っていてもいいとは思うのです。

犯人はそんなに特別な人なのだろうか?
自分とはいったい何がちがうのだろうか?

私にはこの人たちと自分とのちがいは、ほんのちょっとした運命の違い以外はなかなか見つけられないのです。


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ベジタリアン宣言!?

2009年07月08日 13:38

私は食べ物で好き嫌いが一切ありません。

ひとつだけ強いてあげれば「紅しょうが」があまり好きではないのですが、これは嫌いなものが全くないと言うと単なる味覚オンチだと思われるのを心配して、ネタ用にあえて克服していないといった感じです。

子供のころは結構好き嫌いがありました。
肉が一番好きで、野菜があまり好きではなく、魚は骨を取ってたべるのが面倒なので嫌いでした。

ただ嫌いなものだから食べなくていい、というような家ではなかったので嫌いなものも我慢して食べているうちに、

うん、ひょっとしてこいつにも結構いいところがあるんじゃないか?

ということに気がついてきて大学生になるころには、もう嫌いな食べものは完全になくなっていました。

どんな食べ物にもいいところがある、嫌いなのはその良さに気がついていないだけだ!

というのが私の食べ物に対する基本スタンスであります。
(この発想を人間関係にも活かせればいいのですが、なかなか・・)

ただ味の好みは大分変わってきて、今では魚が大好き野菜も好き、肉はあれ?という感じになってきています。
洋食よりも和食を好むようにもなりました。

それにしても最近の野菜は品種改良の影響なんでしょうか?
すごくおいしく感じます。
霜降り白菜なんてのも子供の時に食べた白菜があんなにおいしかった記憶が全然ありません。

肉はジンギスカンは別枠としてどんどん興味を失ってきているので、いっそベジタリアンにでもなろうかとも思うのですが、魚を食べられないのはちょっとキツイですね。
それに野菜中心の食事にするには外食よりも、自炊をメインにしなければいけないのでしょうが、一人暮らしの身にとってはそれも少し厳しいです。

これはやはり料理の上手な女性と結婚してから完全ベジタリアン宣言をするのが賢い選択でしょうか?

そうそうたまに、

私、料理は苦手なの~。

というような発言をぶりっ子口調でする女性がいますが、

はっきりいって私はドン引きします。

それくらい料理が上手いかどうかというのは男性にとっては、女性に求める重要な要素だと思うのですが、どうでしょうか。

まあ男女に限らず料理が上手いというのは、すごいアピールポイントだと思います。
男性でも料理が上手い人は異性にモテますよね。

え~、ゴホン、そういう私も料理をするのは決して嫌いなほうではなかったりしますが。

魚のさばき方なんてのも最近ちょっと練習してみようかと思っています。

じょ、女性にモテようとしてやるつもりではありませんよ!

もっと純粋な食に対する深い感謝の気持ちからやってみようと思っただけです。
そこのところを勘違いのないようにお願いいたします。


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オカルトとデジタル

2009年07月07日 19:46

最近、オカルトトレーダーを名乗り、常識人から見ると極めて怪しげな記事を毎回書いている私ですが、麻雀のオカルト派とデジタル派というのを教えてくれたne○pondさんから、

何か話を聞いていると、あんたのトレードの仕方は完全にデジタル派だろ!


というツッコミを受けました。

たしかにそう言われてもしょうがないというか、私は個々のトレードにおいては確率を重視していて、過去の自分の取引記録から期待値が高いと思われる戦略を繰り返してやっています。

ただ私はこの確率思考を、人生の目標に適応させることには反対なのです。
相場で勝っている人は全体のごくわずかだから、相場で勝つのは難しいと考えるような思考が好きではないのです。

結局はやるかやらないかなのだから、最低でも成功の確率は50%はあるというふうに考えています。

人生は算数じゃねぇ!

と言いたいのです。
人生の大きな選択を期待値で考えるべきではないと思います。

だってやっぱりつまらないと思います。
自分がやりたいことをどうしてやらなかったんだろうと後で後悔することだけはしたくありません。

それと私が最近相場に対する感謝の心を、繰り返し説いていることも誤解を受けるかもしれません。

たしかにこの「感謝の心」というのは相場の奥義みたいなものだと自分では思っています。

しかし感謝をしたから、自分のポジションに利益が出たり、自分の思惑どうりに相場が動いてくれるわけではありません。
含み損を抱えているポジションを何とかしたいなどの動機で、これにすがろうとすることは全く的外れなことです。

感謝の気持ちを持つことの意味は、それを正しい行動に結びつけることにこそあります。
逆に人間を間違った行動に促すものは怒り、妬み、欲望と言った感情になると思います。
犯罪を犯してしまった人がついカッとなってやってしまった、と証言するのはその典型ではないでしょうか。

トレードにおいては相場が思いどうりにいかないことに腹を立てて、報復トレードをやってしまい、さらに損を拡大させてしまったという経験が多くの人にあると思います。

チャンスを待つことが出来ない、ポジポジ病が治らないという人も、まさにお金を儲けたいという欲望がそうさせているのでしょう。

感謝の気持ちを持つということは、そういった間違った行動を取らないようにすることに大きな効果があると思います。

相場に関わる人たち全てにそれぞれの都合があり、決して自分一人のために相場があるのではないと考えたとき、どうして自分の思いどうりに相場が動いてくれることを望むことが出来るでしょうか?

証券会社やFX会社などの業者、巨大なヘッジファンド、個人投資家、全ての相場参加者、関係者のおかげでこの素晴らしいゲームに参加することが出来て、大きな成功のチャンスをもらっているのだから、まずはそのことに感謝しましょう。

みんなが頭で考えているトレードの計画だとか人生の目標みたいなものは、きっとほとんどの場合正しいのだと思います。

けれどもその思考を行動に結びつけなければ意味がないのです。
感謝の気持ちはそれをスムーズにしてくれる潤滑油のような働きをしてくれるものだと思います。

というわけで大義においてはオカルト、実際の行動においては確率を重視したデジタルな行動を取るのが私の方針なのですが、理解していただけたでしょうか?

えっ? やっぱりそれはデジタル派の考え方の域を脱していないと?

けど私はもともとUFOとか心霊の世界とかもあまり好きじゃないんですよね・・

こんなことでは真のオカルトトレーダーとはいえないかもしれません。
まだまだ修行が必要ですね。


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連勝ストップ!?

2009年07月05日 08:17

このところ破竹の快進撃を続けていた私ですが、先週の火曜日にとうとう連勝記録がストップしてしまいました。

怒涛の5連敗で、こりゃダメだと思いその日は途中で撤収しました。

翌日の水曜日も前日の悪い流れを引きずり、引き分けを挟んでの連敗スタート(これで7連敗)。
後半気合で猛追したんですが、結局わずかではありましたがトータルマイナスで前日に続いてのまさかの二連敗に終わりました。

し~ん・・・

しかも連敗に腹を立てて報復トレードまでしやがって・・・
これまで相場に散々勝たせてもらっておきながら、恩を仇で返す行為をするとは。 
(-゛-メ)

謝れ!相場さんに謝れ!

相場さん、すいませんっしたっー!
m( __ __ )m



とまあ十分反省もしたし、終わったことをいつまでも引きずってもしょうがないので、木曜日からはまた気を取り直してトレードしました。

そして・・・

二日間の損失を補って余りある過去最大の一日のパフォーマンスをたたき出したぜ!

はっはっはー!
見たかこれが私と相場さんの真の友情パワーだ!


一歩下がって十歩前進するのがビットウィーン流!

地球よ!私は帰ってきた!


翌日金曜日も記録をさらに更新してやろうと、やる気100%で意気込んでいたんですが、

何とNY市場が休みだったんですね・・・
どうりで木曜に雇用統計があるのがおかしいと思った。

そんなこんなで今週は不覚にも停滞ぎみの一週間でした。
何とかトータルでプラスにはなったのですが、こりゃよくマイナスにならなかったな。

くっ・・・相場さんは何て寛大でいい人なんだ。
優しさが目に染みるぜ。

今週こそは、その期待に必ず答えてみせる!

絶対に週間パフォーマンスの記録を更新してやるぜ!


相場さん、いつもありがとう。


※最近、私はトレード中も相場さんとよく会話をします。
 何かボールと話す桑田みたいですね・・・


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どうもアクセスできないバナーを貼っていたようですね・・
昨日、押してくれた方、ごめんなさい!

勝ち続けるプレッシャー

2009年07月04日 09:43

時々ブログでコメントのやりとりをしている方で、FXのデイトレードをやっていて今年に入ってから月トータルではずっと勝ち続けている人がいます。

ところがその方が先日、トレードを一時中断したいとのこと。
その理由が少し自信が出てきて、奢りみたいな気持ちがあるのが自分でも嫌だからとのことでした。

もちろん他人のことですし、詳しい事情は分かりませんが、私にはその心情がどことなく理解できるような気がします。
(全く見当はずれという可能性もありますが)

多くの人はトレードに負けるとカッとなって、負けを取り戻そうとし計画性、優位性のない無謀なトレードを仕掛けてしまいます。
(私はこれを報復トレードと呼んで強く戒めています。)

ところが逆に連勝が続くと、これとは反対の行動を取ってしまいます。
利益を守りたいという意識が強くなり、積極的なトレードが出来なくなってしまうのです。

私が思うにトレードに負けることよりも勝ち続けることの方がよっぽどツライです。

自分は勝ちたくて一生懸命やっているんだけど、どうしても勝てないんです。

と言っている人がいますが、私はその言葉をどうも信じることができません。

おそらくそういう人は勝ちたいなんて本気で思っていなくて、負けたいと思ってトレードをやっているような気がします。

みんな負けたくて負けているんです。

そんなバカな、と思われるかもしれませんが、では実際にトレードで勝てない人は勝つに値する行動を自分は取っていると思うでしょうか?

おそらく負けて当然と思えるような行動を取って、その結果負けているはずです。
そしてその行動は誰に強制されたわけでもなく、自分で決めた行動です。

ならばやはり自分の深層心理の中では自分はトレードに勝ちたいのではなく、負けたいと思っていると考えることはできないでしょうか?

勝ち続けるのが辛いのは、そういう心の中の破滅願望と戦わなければいけないからです。

負けて楽になりたいんです。

負ければみんな同情してくれるし、自分に優しくしてくれる。 
一人ぼっちじゃなくみんなの仲間に入れるんです。
そしてプレッシャーからも開放されます。

自分を傷つけたいんです。

そして不幸な自分を哀れむ自己憐憫に浸りたいんです。
自分に高いハードルを課したくないんです。
ダメな自分という逃げ道を作りたいのです。

私が謙虚さが不要だと言っているのは、それがこの自己破壊願望に利用される恐れがあるからです。
謙虚さも卑屈さも必要ありません。
ただあるがままの自分と世界を受け入れるべきです。

過去においてダメだった人間も明日からはまた別の人生を歩むことができます。
過去に成功した人間も、それにしがみつかず、また新しい生活を送っていかなければいけないのです。

昨日までトレードに勝ったとか負けたとかは関係ありません。
今日はまた新しい一日が始まるのです。
人は今この時を生きなければいけません。

何かを頑張って変えたり、作り出す必要はありません。
みんな人間ですから、負の部分を完全に消し去ることはおそらく出来ないでしょう。
負の部分を心の奥底にしまいこんで、自分が持っている良い面を堂々と前に押し出せばいいのです。

それを謙虚さという言葉で押さえつける必要などどこにもないのです。

まぐれで勝ち続けられるはずはないのです。
自分の良さを認めないことこそ、それは罪です。

勝ち続けることのプレッシャーと戦うのです!
自分自身に負けてはいけません!

頑張れ! 優○さん! 

というわけで今週は優○さんへの私からの熱いエールでしめさせていただきたいと思います。

オカルトトレーダーのみなさんはご唱和ください!


月月火水木金金!

欲しがりません勝つまでは!

勝って欲しいものを手に入れろ!

オーラロードはもう目の前だ!

勝利の栄光を君に!



明日からも俺達はやるぜ!!

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マイナスの感情を避けよ

2009年07月02日 19:05

最近、相場で大損をする前に退場を勧めるというサイトを見つけて少しだけ読んでみました。

自分はこれだけ株で損したとか、私はこれだけの含み損があって毎日憂鬱な日々を送っているとか、そういう内容が多数書き込まれていました。

少し読んですぐ読むのを止めました。
そのサイトは一見、投資家想いの最もらしいことを言っているように思えますが、私は単なるヘタレの負け犬集団の遠吠えにしか聞こえませんでした。
とにかく投資に対するマイナスの感情で満ちていたので、その感情が移らないうちに読むのを止めました。

「相場は難しい」とか「相場の世界は厳しい」、「負けて当たり前」といった意見をよく耳にしますが、これらの言葉は本気でトレードで成功を目指すトレーダーにはとっては、まさに「百害あって一利なし」と言っていいと思います。

そもそも私はこれらの言葉にずっと違和感を感じてきました。
もちろん痛い目には何度もあっていますが、それらは全て原因が自分に心当たりがあることであり、相場が難しいからとか、相場のせいだと思ったことは一度もありません。

どうしてみんなそんなことを言うんだろう?
自分の感覚がどこかおかしいのかな?
と思っていました。

デイトレを毎日やっているのに、ずっと負け続けている人のブログを見ては、すごく不思議に感じていました。

なんか自分もがっつり負けなきゃいけないのかな、みたいな変なことまで考えてしまったくらいです。

プロのトレーダーの中にも相場の厳しさをすごく強調する人がいますが、一流のトレーダーであれば、むしろ相場からたくさんのものを得てきたはずであり、悪い面ばかりに目を向けるべきではなく、相場の素晴らしさをもっと語ってもいいと思います。

もちろん相場に大きなリスクが伴うのはもちろんなのですが、大損してそれを相場のせいにするような人は、何をやっても上手くいかないと思います。

私も以前に、投資は一般の人は控えたほうがいいみたいな主旨の記事を書いたことがありましたが、考えを改めました。
自分は相場が好きで素晴らしいと思ってやっているのだから、これからは堂々と人にもその素晴らしさを伝えていきたいと思います。

おかしいな、おかしいな?・・・おかしくない!

これは昔ディオ部長に教えてもらった言葉ですが、物事が上手くいかないのは全て自分の思い込みに原因があるという教えです。

自分で自分にフタをするな!

とよく怒られました。

相場もきっと同じだと思います。

相場が難しいと思っている人には現実の相場も難しくなる。

相場は自分の努力に正しく報いてくれると思っている人には、相場はやはりそのとおりになるのだと思います。


今日もありがとう、相場


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まずは生き残れ!

2009年07月01日 22:57

FXのデイトレを開始して半年が経ちました。

何とかこれまで生き残ってこれました。
最近は少しは利益を出せるようにもなってきました。

今回はこれまでの経過を少し振り返ってみたいと思います。
勝つための秘訣とかはとても書けませんが、素人デイトレーダーが生き残るためのヒントには多少なるかもしれません。

トレードは毎日皆勤賞でやりました。
チャートを見ているだけで取引をしなかった日は何日かありましたが、完全休養した日は一日もなかったと思います。

取引単位は当初は最小の1000通貨単位からやったのですが、少しづつ枚数を増やしていき、今は2万通貨、もしくは3万通貨で取引をしています。

1000通貨や2000通貨で取引をするなんてのは、お金儲けをするという観点からはたしかに意味がないと思われるかもしれませんが、それでもデモトレードをやるよりかはよっぽど有意義だと思います。

取引量もいきなり数倍とかにすると心理的抵抗が大きいと思いますが、徐々に増やして慣れていくことで、小額のときと同じような心理状態でトレードできるようになってきます。

初めは最小単位の取り引きで構わないと思うのですが、リスクを取らなさ過ぎるというのも逆に問題だと思うので、少しづつ適正の取引量に近づけていくといいと思います。

私が大きな損を出さずになんとか経験を積んでこれた原因として考えられるものをいくつか取り上げてみます。

①損切りの徹底

よく本などで損切りの大切さが繰りかえし述べられていますが、私は損切りに対する抵抗があまりなく、出来なくて困るということはほとんどありませんでした。

たぶん私が相場をはじめた当初に読んだ本が損切りをせずにナンピンを勧めるような本で、私もそれを初めは実践して痛い目にあっていますので、ナンピンと塩漬けに対する嫌悪感がとりわけ強いのだと思います。
まさにケガの巧妙です。

なのでデイトレードを初めてからはナンピン、塩漬けの誘惑に駆られることはほぼありませんでした。
(値ごろ感の克服には大分苦労しましたが)

この損切りはもう基本中の基本、これが難しいとか出来ないとか言っているうちはどうやったって勝てるようにはならないと思います。
やる気がないと思われてもしょうがないです。

 ②損小利大

これも定番中の定番ですが、最近、分かってきたのはこの損小利大が絶対ではないということです。
戦略によっては勝率でカバーするやり方も十分可能だと気付きました。
しかし初心者のうちはこれを強く意識して実践するべきだと思います。

なぜなら初めのうちはとにかくエントリーがヘタだからです。
勝率を上げるのはなかなか困難です。
無理に上げようとするとナンピンとか薄利の利食いとかおかしな方向に進みます。
上手くトレンドに乗れたときに利益を大きくして低い勝率をカバーするべきだと思います。

 ③トレンドフォロー

損小利大とトレンドフォローはセットです。
トレンドに向かうカウンタートレードは必ずしも損小利大に向くとは限らないです。
初心者のうちはカウンタートレードではなくトレンドフォローをメインの戦略にすることをおすすめします。
トレンドフォローのほうが利益の伸ばしかたとか、勝率ではなくトータルの損益で勝つという戦略とか相場の基本的な考え方が身につきやすいからです。

カウンタートレードをするとどうしても勝率を求めて目先の勝負に目が行きがちです。
もちろん人によってはそちらが向いているということもありうるでしょうが、こういった利益の出し方もあるんだということを一度経験することがすごくタメになると思います。

 ④トレードの記録・検証

最も大切だと思います。
一日のトレード回数が多くても全て記録すべきです。
はじめの内は売買値以外でどんなことを書いたらいいかで結構悩みますが、繰り返し書いているうちにどんな情報を残しておくかが後に自分に役立つかが段々分かってきます。
まずは習慣化することです。

よくブログに取引記録を書いている人がいますが、私はノートに手書きで書くことをお勧めします。
私もそうしています。
チャートも取引ごとに印刷して貼っています。
大体一ヶ月もしないうちに一冊使い切ります。
ノートのほうがいつでも見直しがしやすいです。
私は外出するときも携帯して暇を見つけては読んでいます。
(チャートがたくさん貼っていて怪しさ満点なので、人に見られないように気を使いますが・・)

相場本を読むのも大切ですが、自分の取引記録を見直すほうがずっと大切です、タメになります。
私も半年で相場本を100冊ほど読みましたが、自分のトレード記録を読むほうが大事だと気付きました。


上記のことを実践することによって、いきなり大きく利益をあげるようなことは望めないにしても、大きく損をする可能性もかなり低くなると思います。
一応、自分の経験ではそうでした。

手法は何でもいいと思いますが、初めは自分で考えたものではなく、本や他人のサル真似でも十分だと思います。
私も初めは野川徹さんにセミナーで教えてもらった手法とほぼ同じやり方で始めました。
自分の本能で好き勝手にトレードすることに比べたら、どんなにありふれたやり方でも、損をする可能性を減らしてくれると思います。
経験を積むにつれ自分のルールというもの徐々に作りこんでいけばいいと思います。

特にデイトレードでは本能のままにトレードすると、恐ろしいくらい簡単に負けます。
私はトレードで勝つことが決して難しいことだとは思いませんが、負けるのはそれとは比べ物にならないくらい容易なことです。
ランダム性があるんだから運だけでもそこそこ勝てると思ったら大間違いです。
デイトレードでは自分が正しくないトレードをしたときは徹底的にやられます。
ボコボコにされたくなければ、もうひたすら正しい行動を続けるしかないです。

ほどほどにやってそこそこ勝つというのは難しいです。
勝つか負けるかどっちかです。
少しの妥協したトレードでもやってしまったらすぐにやられます。
そして負の連鎖に引き込まれます。

しかし逆に一貫して正しい行動をしたときは、常にその努力に正当に報いてくれるというのが相場の素晴らしい所だと思います。
勝つも負けるも運次第ではなく全て自分次第、それが実感として感じられるようになるまで、何とか生き残ることがまず第一歩だと思います。


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